執事考

いちばん暑い時間に病院へ行ったので、行きの電車の中で頭がわいた状態でふと、執事は英語でbutlerというがstewardとはどう違うのだろうかと諸々考えていた。the steward of stewardsが執事にちがいない、と思っていたがちょっと違ったようだ。
stewardは古英語(stiweard)から来ているようで、ste-=小屋、+-ward(番人)、というのが元々の語意らしく(ジーニアス英和大辞典による)、執事という意は古い用法で語義としても4番目に現れ、「(大きな家の)執事、家令:(有給の)管財人」とある。リーダース英和辞典では「(領主館などの)執事、家令(食卓及び所領管理の最高責任者):財産管理人」などとある。語源に関してはstig? house, hall weard wardとあって、wardという語が現代英語(もともとは「見張り、保護」という意味でaware, beware, wardrobeと係わりのある語)であることを知ってちょっと恥じる。
中世初期のアイルランドの大修道院教会にはこのstewardと英訳される役職がいて、場合によっては教会会議にも参加してしまう、比較的高位の人物であるが、土地財産等の管理は修道院長が行う、と一般的に考えられているなかで、このstewardの働きは実務的管理人、ということなのだろうか。イメージとしては大きな権力を得る前のメロヴィング朝における宮宰なのだが、これの英訳はstewardだったような気がするがいまいち自信がない。ブリタニカにはmayor of the palaceと書いてあるので違うのかもしれない。
翻ってbutlerは、というとこれは初出は13世紀で古フランス語のbouteillier(酒の給仕係)が語源らしい(ジーニアス英和大辞典)。「執事、召使頭」という語義はいつから派生したのか分からない。リーダース英和辞典では「執事、使用人頭(酒室・食器・配膳などを管理する):(英史)宮内省酒類管理官」とあり、完全に世帯内での責任者に見え、財産管理人からは格が落ちている。ちなみに酒の給仕係は英語ではcup-bearerであり、中世風なファンタジーでの宮廷で何度か目にしたが、そこではちょっとした役どころだったりする。「酒を運ぶ係、何者ぞ(ここでの酒は主としてワイン)」と思っていたが、自らの主人の命によって毒を盛ることも可能であり、私室で主人に耳打ちされたりなど、ただの給仕よりははるかに支配者に近いところにいる人物、の可能性が高い。OEDを見たいがこのためだけに大学の図書館に行ってみてくるのは少々ばからしいので止めるが。ちなみにbutlerという語はその語源からbottleと関係のある単語のようだ。
もっとも正しい執事漫画は個人的には『ブリーズ、ジーヴス』だと思うのだが、そこに現れる執事、ジーヴスは天然ボンボンで善良ではあるがまるっきりダメダメ感のある坊ちゃん(前首相はこんな感じか。20代前半とかかなぁ)に仕える有能で口数少なくセンスがよくてしかも女にももてるできる落ち着いた男(見た目はおっさんだが30台後半とかである可能性も捨てがたい)であるが、(設定上は手練れおっさん攻めとヘタレ受け、みたいな感じだ)確かに『財産管財人』的な領主館の人物と言うよりは、召使頭的人物である。波津彬子の「うるわしの英国シリーズ」に出てくる執事は、完全に召使頭で、基本的には使用人に注意をすることと、主人が預かった猫に手こずったりしてるぐらいにしか出てこない。『エマ』のジョーンズ家(いかにもな成り上がり者的名字)の執事は、この中では一番切れ者で、外の仕事もしてそうな雰囲気があり、親父の変わりに跡取り息子に注意をしたりもするが、この二人との絡み以外では、つまり他の兄弟姉妹とはほとんど絡んでいなかった気がする。女子供の相手はおそらくメイド(特にメイド頭)だったのだろうと推測されるが、よく分からない。


つまり、何が言いたいかというと個人的には、いま流行の執事漫画は好きではない(ツッコミ付かれる)とか、メイド漫画も好きではない(潰れる前のビューリーズカフェのダブリン本店(?)はまさに古色蒼然たるメイドカフェなカッコ=黒一色の膝頭よりややした下ぐらいまでの、ウェストを軽く細くそたワンピースに、白いヒラヒラが付いたそれでいて派手目ではない小さいエプロンに同じようなキャップ。写真に撮ってくればよかったがあれはもう何年前の話だよ)でよかったわぁ、しかもおばさんっぽい人が多かったところがリアル)ということを、まじめに考えてしまっただけなのだ。
萌えは萌えの数だけあるのだな。現在のドツボの萌えは「学識高く、思慮深いまじめな教育者的年上男性が、善良で純真で少女のような天然女性に振り回されてしまう」シチュエーションだ。というわけでいつか読もう。

アベラールとエロイーズ 愛の往復書簡 (岩波文庫)

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