アラブが見た十字軍

アラブが見た十字軍 (ちくま学芸文庫)

アラブが見た十字軍 (ちくま学芸文庫)

文字通りアラブ側の史料だけで語った、西洋から見ると十字軍、アラブから見れば野蛮きわまりない文化程度の低い「フランク」が突然やってきて大暴れするのを200年かけて追いだした、という地域紛争史。
初めてフランクがやってきた時のエルサレムを中心とするシリア地域、バクダッドの政権、エジプトイスラム帝国があまりにもまとまりのない地域であったことに驚く。砂漠、半砂漠地帯なので領域支配というよりも点と点の支配、ある意味「都市国家」をまとめたものがアッバース朝であり、セルジューク朝であるが、シリア地域のことについてはほとんど気にかけていない。カリフとスルタンはすでに傀儡と化し、小アジアからパレスティナにかけてはルーム・スルタン国アルメニア人諸国、アレッポ王国、ダマスカス王国、と群雄割拠。内部でも兄弟間での殺し合いだの、親子の間での殺し合いだのの状態で、フランクに対抗する集団的な行動ができない。そこからじわじわと実質的な権力を持った複数の都市国家の王による聖戦の呼びかけ、英雄サラディンによるより強力な軍隊によるフランクの追い落とし、彼から始まるアイユーブ朝の動きとフリードリヒ2世、そして強行派のマムルーク朝によって最終的にフランクが追い払われるまでをあくまでアラブ側の視点から描かれている。
ほとんどイスラム側ともいえるフリードリヒ2世は野蛮きわまりなく教養もない人びとの囲まれて大変だったろうなぁ、と思う。そしてサラディンが結構人間らしいところがあった。そして意外なモンゴルとヨーロッパの同盟未遂。
なぜヨーロッパ地域がその後発展し、現在においては先進地域となったのか、そして当時文化的な先進地域であったアラブ地域が衰退の一途をたどり、現在の後進地域となったのかについての考察が非常に面白かった。ヨーロッパは十字軍によって東側の進んだ文化などを取り入れたが、アラブ側は王朝の後継争いがいっこうに止むこと無く、そしてフランクから何も学ばず12世紀前半までにゆっくりと衰退(あるいは退廃)していた状態から結局二度と戻らなかった、という考察。さらに極端なフランクに対する激しい被害意識。これが現在まで続いているとは。まあ、普通、文化の進んだ地域からは積極的に吸収するが、その逆は難しいと思う。そもそもこの紛争の主人公にアラブはおらず、トルコ、アルメニアクルドがその主人公たちであったのも印象的だ。
クルド人たちが悲願にしていることが国民国家の樹立であることも容易に理解できる。