バチカン奇跡調査官・サタンの裁き、たったひとつの冴えたやり方

なんだかシリーズ本がいっぱい出ているのね。
某所、某修道院での「奇跡」、すなわち記憶を無くした男性による「予言」と彼の死亡以降の「腐らない遺体」という、まっとうなキリスト教的奇跡を調査しに来る美貌で無垢なる日本人神父と、俗物でグルメのイタリア人神父の二人。預言にしても、腐らない遺体にしても、明らかになってしまえば大したことはない(腐らない遺体はややSFじみているけれども)。怪しく見える人物が怪しくなく、もっとも怪しく見えない人物が実は黒幕だった、というのもお約束だが、バチカン内にも問題があるようで、続編への引きがものすごかった。あの天使のような容貌の修道院長は一体! 次回作へ引っ張りために最後の方が尻すぼみだったのだな。
ロベルト神父の意外な過去は驚いた。「父」という単語のミスリードに完全にはまったのは、西洋中世史をやっているからに違いない。英語だった場合はこのミスリードは仕えないわけで、と考えた。
それほどホラーではないな。ホラー文庫だけれども。蘊蓄話は非常に面白かった。



ティプトリー最後の長編。形としては中編三つの連作。日本ではもっとも最近に翻訳された『輝くもの天より墜ち』が作中でちらっと言及されている。人間が異星人たちの連合の中でひとつの種族を形成している世界での話、という舞台設定は同じ。
表題作は、元気で前向きで頭の良い女の子と、実質上ファーストコンタクトをした異星人の女の子が、実にあっけらかんと「たったひとつの冴えたやり方」で世界を救うためにその身を犠牲にする話。悲壮感がまったくないのは、人間の少女のその前向きな性格によるもの。ティプトリーの話に、こんなに明るい女の子が出てくるとは。
二つ目は、ハードボイルドな男が、最終的にかつての恋人(しかも元恋人とその若いクローン)と、自由のどちらを選ぶか、という男らしい話。格好良く元恋人を救出し、その身を投げ出すような賭けを行い、そしてその終わり方。元恋人はおいた体を整形しながら若さを求め、男は冷凍睡眠を繰り返すことで若いまま、という対比と、女と男という対比はワザとか。ティプトリーが男性作家と信じられる部分はこの男の決断からも見られる、気がする。
三つ目は実際的にありえそうなファーストコンタクトもの。たどたどしい言葉で外交を行い、戦争を回避し、相互の信頼を構築しようとした船長のかっこよさ。犠牲者を出しながらもそれでも短気を起こさず、多くの犠牲者の出る戦争を回避できたのはこの船長の決断力。二つ目の男より男性的魅力に欠けるが、実はもっとも男らしい行動を取ったのはこの船長だと思える。そして、どう考えても非常に恐ろしい奇妙な姿をした異星人の言語学者が最後にはものすごくかわいく感じるのがよい。


『輝くもの天より墜ち』は、ティプトリーの年を取ることへの感慨と、ひょっとしたら恐怖を見て取れたが、この最後の『たったひとつの冴えたやり方』にはそれはそれほどはっきり見えない。どれも「死」が描かれているのだが、悲壮感を感じられない。それと彼女の死に方が関係しているとは思わないが、それにしてもその死に方が死に方だからなぁ。
ティプトリーにしては非常に読みやすい話で、これはこれで好きだ。