Kate Mosse, 『Labyrinth』

読み始めてから一ヶ月半もかかった。予想よりも格闘した、「続きを読もう」という意識が薄くて。

Labyrinth

Labyrinth

1209年7月、カルカッソンヌの17歳の少女は父親から本当の「聖杯(Grail)」の秘密について書かれているという不思議な本をもらう。Alaïs*1は本に書かれている不可思議な言葉やシンボルを理解できなかったが、ラビリンスの秘密を保持し続けるという自らの運命を知っていたのである・・・。
2005年7月、Alice Tannerはフランスのピレネー地方の、忘れられた洞窟の中に二体の骸骨を発見する。岩に彫られたラビリンスのシンボルに困惑しながら、彼女は自分が意図的に隠されたままにされていた何かを露わにしてしまったことに気が付いた。何故だかは分からないが、恐ろしい過去ーー彼女の過去ーーとの関係が現れてしまったのである。

13世紀、ピレネー、と来たらカタリ派でしょう、その上、聖杯(本当だったらHoly Grailなのだが、本書ではHolyは付かない。理由は本の中で説明されている)、ということで即買い。さらに作者がピレネーに住んでいるようで、オック語の単語、短めの文が時々飛び出す、雰囲気としてはかなり良い。西洋中世史関係者だったら読んでみてもいいかもー、と思わせる感じ。
煽り文句も良い。「三つの秘密 二人の女 一つの聖杯」おおーっ! というわけで読み始める。
プロローグの入りもなかなか良い。アリス(20代後半、英文学で博士号取得直後)が参加させてもらったピレネー、正確にはSabarthès山脈での発掘で、偶然にも秘密の洞窟を発見する。同じ山脈の違う場所、電気も通わない小さな家で「もうすぐ終わるのだ」と書きつづる男、そしてシャルトルでは秘密組織での入会儀式が始まろうとしていた・・・。そんな感じ。おおーっ。
アライスの父はカルカッソンヌ副伯の家令であり、カルカッソンヌ副伯はトゥールーズ伯の甥であり、アラゴン王ペドロ2世の義兄弟。迫り来る十字軍、戦争になる前にとどめようとするカルカッソンヌ側とフランス軍との攻防、城における騎士たちの日常生活、名前だけだがシモン・ド・モンフォールも、聖王ルイも出てくる。異端審問のシーンはないが、異端審問官の姿もちらちらする。その中で、必死に「聖杯」の秘密を守ろうとする人々、それを奪おうとする人々、そしてそれらの歴史になんとなく気づきながら、現代でその道筋を追う若い女性博士、現代において「聖杯」を手に入れようと暗躍する金持ち。ネタはいいのよ、かなりいいのよ。


うーん、でもねぇ。この手の本が日本でもいっぱい出ているが、これは翻訳しても売れなさそうだ。まず問題点は、アライスが本を父からもらい受けるのが400ページ近くになってからなのだ。「本はいつ?」と思いつつなかなか出てこない。そして現代のアリス、13世紀のアライス共々、共感しづらい性格の女性たちなのだ。かなりイライラさせられた、それがなかなか読み進められなかった最大の理由。そして所々に出てくるフランス語とオック語にイライラさせられた。雰囲気作りとしてはやりすぎ。
主人公の女性たちは、君たちはハリウッド関係者ですか、というぐらい、しちゃダメだといわれたことを敢えてする。「絶対に覗かないでください」といわれたら、必ず見なければいけない様な、ベタな展開。そのくせかなりの人たちからその行動を、勇気があり、意志が強く、行動力があり、正義感が強い、まっすぐな性格としてマンセーされる。
Amazon.ukでは賛否両論。酷評もちらほら。その気持ちは分かる。中世史に興味ないと厳しいでしょう。しかもさらに中途半端にラブが入る。Aliceは最後結婚するのだが、何故二人がそういう関係になったがまったく分からないのだが。
どうも「生まれ変わり」とか「運命」というものを強調しようとした名前なのも気になった。Alice、Will、de l'Oradoreと、Alaïs、Guilhem、Oriane。だいたいどういう経緯でAliceとWillは恋仲になったんですか? その辺の説明がありませんガーーー! はっ、「危機に陥いり、それをくぐり抜けた男女がいきなり恋に落ちる」という、「山小屋で一夜を明かした二人」状態なのかーーーっ!!
つまり、ネタはいいのに話の筋が陳腐なのだ。そして「不可思議な言葉とシンボル」って書いてあるからそれに関する蘊蓄てんこ盛りの解説、とかも期待したが、なんのことはない、古代エジプトヒエログリフ。「19世紀になってシャンポリオンが登場したことによって、秘密の解明は時間の問題となったのだ」って、最後の数十ページのところで大々的に宣言されているが、ヒエログリフと分かった時点で予想の付く展開。アホか。カタリ派はパセリの様な役割に過ぎなかったし。
極論:『薔薇の名前』の方が百倍は面白かった*2←私のイメージするバラ色。


フランス語が分かって、13世紀南仏史、特に異端関係に興味があり、なおかつハーレクインが好きな人にお勧め。さらにカルカッソンヌとシャルトルに行ってるとなお良し。


オック語はちょっと面白かったが。フランス語とイタリア語(あるいはスペイン語?)が混ざった感じ。「こんにちは」はbonjorn、「おじょうさん」はMadomaisèla。発音は分からん。

*1:フランス語堪能な友人複数に聞いたところ、「アライス」と発音するらしい。皆さん、ご協力感謝です。

*2:もちろん、映画じゃなくて原作の方ね。