新・中世王権論

友人から長い間借りている本たちの一冊。日本の中世史の本をいっぱい借りたが、本人は西洋中世史、という人は結構いそうだ。
13、14世紀の王権、具体的には京都の朝廷との関係からの、鎌倉幕府の王権とはなんぞや、という問題に新たな見解を示したもの。極端な説ではなく比較的穏当な説、なのだが、これまでの通用してきた通説に対する批判をもともなっているので、その筆の進みはかなり過激。
要は鎌倉幕府と朝廷は、特に後者は前者の対処を見ながら併存という、二つの王権があり、その中心点、焦点がそれぞれ違っていたよ、ということか。ただし、鎌倉幕府は途中でそれまで朝廷が意識していた「撫民」、すなわちその支配権を一般の民にまで降ろしていこうという動きがあったが、結局、御家人保護派の勝利によって、天下に号令を発するような王権とは成り得なかった、こと。その原因はいろいろあろうが、理解できたところは北条得宗家の政治的な微妙な立場。御家人の長、とはなったが、源氏の統領ではなかったことによる、政治力の正当性の根拠が非常に弱かったこと。ちなみに完全なる一つの王権となるのはこの後の室町幕府とのこと。
個人的には、支配の方向性、すなわち民を見るか見ないか、という点は非常に興味深かった。民がどう思っているかはともかく、それを示すことが支配体にはその政治を見せる、という意味を持っているわけだ、当たり前だけれども。
北条時宗とか後醍醐天皇はこれまでいわれていたようなものすごい政治家ではない、という話も面白かった。後醍醐はケチョンケチョンですわ。時流に乗っただけ、と一蹴。


通説を覆す場合でも、これまでたくさんの人に使われた手あかの付いた史料を読み直し、解釈し直し、並べ直ししなければならないのは、自分の場合と一緒だが、この時代のことをよく知らないからなのかそれとも作者の手際がいいのか、無理矢理な感じが感じられないところは参考にしたいが、こういうのが参考するのに一番難しいのだ。
奥さんの指摘が結構各所に出てくるのは微笑ましいね。同業者の夫婦はうまくいくとすばらしい関係になるのね。個人的には分野の離れた研究者と一緒の方がいいような気もするけど。